
師走12月の散歩。世間は散歩どころではないのかもしれない。私もなにかこんなことでいいのだろうかと少しは思う。リタイアした人間の特権だと考えて、ノンビリと、コンデジカメラを持って1時間ほど散歩する。景色は冬を告げている。その変化に新鮮な感動を覚え、シャッターを切る。あとでその感動の正体を探る。文字化し、読み上げてみる。時には、ビデオ撮りしながら、話す。カメラは、心の動きを焦点化しひとコマに止めてくれる。言葉は、そのひとコマの意味を解いてくれる。私のYouTube作法はそんな所にも在るのかもしれない。


クヌギ、2本のクヌギが支え合っている。珍しい、きっと同じクヌギのドングリから育ったのだ。兄弟だとしても近くの木は、ライバルでもある。日の光を求めて争う。養分を求めて争う。クヌギは、成長が早いが、としてもこの大きさは20から30年はかかる。こんな近くでここまで大きくなるとは奇跡だ。
国定公園に隣接したクヌギ林、藪が邪魔して、夏はここまでは入れない。高木はクヌギだけ、低木は常緑の椿など。ここには定番の杉は見ない。クヌギの林。それは珍しい。戦前は、クヌギ林は里の林として大切にされていたと聞く。日本は、広葉樹林を伐採し、その跡地に杉を植え、建築材料として活用しようとした。が、外国産の建材に負けてしまった。残ったのは暗い杉林と花粉症だけだ。ほんとにバカなことをしたもんだ。
暗い杉林を抜けて田んぼに出た。どうも杉林はは苦手だ。でもここの杉は、枝打ちされて整備されている。70、80年前の植林はほとんど手入れできずに比良山系の山麓をまだらに覆っている。急峻なので、覆い尽くせなかったことと、国定公園指定が日本一早かった点も比良山系の生態と里の暮らしを守ったのではないかと思うのだ。
この先の、大規模な田圃へと続く用水。比良山系釈迦岳方面からの水の一部を集めている。このところ琵琶湖の渇水に関するニュースが全国放送で流れている。が、この水量を見ると実感がわかない。近畿の水瓶といわれる琵琶湖。その湖だけに目が行きがちだが、多くの指摘があるようにその周辺の山々、クヌギ林を含めた生態系の象徴としての琵琶湖だ。散歩のたびにそう思うのだ。
比良山系から麓の里山、水田そして琵琶湖へ水がつながっている。そしてその麓に住む私は、日々の散歩の中でその水の繋がりを実感できるのだ。急峻な比良山系と琵琶湖までの近さがそれを可能にしている。山と湖の近さ、ここに湖西の良さがあると思う。



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