秋 散歩 2025年 11月20日(木)~12月4日(木)

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11月19日(水)に比良山系が初冠雪。秋が一段と深まった。翌日からの比良山麓の秋散歩を日にちによって書き残すことにした。12月半ばぐらいまで続くかなー。

11月20日(木)から紅葉の記録を取り始めた。最終的に風が吹き、木枯らしとなる。葉が一気に吹き飛ぶ。できたらそのシーンも残したいのだ。穏やかな秋日和中の紅葉と、木枯らしで舞い散る最後。その総体を記録したいのだ。

 比良山系に雪が降った翌日11月20日(木)、前線が太平洋側に抜けて快晴となった。

 早朝の日が比良山系に射し込み、まだ暗さの残る麓の景色と対象を成していた。

 ハゼか漆と思われる。毎年綺麗に紅葉する。

 貯水池の中の木、この貯水池数年前に掃除され綺麗になった。でも、あっという間にこんな大きな木が…、ビックリくりくりクリッ栗だ。

 この奥の、左手に「オーベルジュメソン」というフランスの田舎風の宿がある。この通りも良いね。

 11月21日(金) 
 琵琶湖スポーツ大学方面、日が昇る。

 琵琶湖の湖面。朝焼け

 11月25日(火)
 良い天気、山手の方からお洒落な家と紅葉を見ながら登り降りるコース。

 ナナカマド

11月27日(木)
 県道まで降りて、登るコース。
手前のカエデ、その後にクヌギ。毎年お馴染みの2本。以前はその後ろに、家があったのだろう。今は取り壊され木と捨てられたカヌーだけが残されている。
 新しく入ってくる人もいるが、どうもこの辺りは、1970年代大手デベロッパーが別荘地として開発したという話しを不動産屋さんから聞いたことがある。その頃の朽ち果てた建物もちらほらと見かけるのだ。

11月28日(金)
ヒラトピアの向こうの紅葉その上に釈迦岳
見事な紅葉だ。

12月2日(火)
 12月に入り、さすがに葉も色褪せてきた。もう秋も終わりか…。
 クヌギとその後の黄葉は何だろう。ナナカマド、ハゼ、判らない。
 次に、強い風が吹いたらほとんどの葉っぱが飛び散る。そして冬になる。

 オオカエデも黒点が現れ紅葉の終わりを告げている。

 ヒラトピア付近
静けさが秋の深まりと冬の気配を感じさせる。季節は移る。困ったもんだ。もう12月でまた年を取る。

 薪おき場
付近には、薪ストーブを持っているお宅が多い。必然的に薪おき場がいたる所にある。何か風情がある。ヨーロッパやアメリカの田舎を勝手に感じてしまう。

 なぜ、こんなに散歩ばかりするのだろう。健康のため、毎日一定の歩数を稼ぎたいと思う。その事がある。春から初秋にかけては、畑の作業がある。朝から結構時間を取られる。晩秋から冬にかけては、畑の作業はない。冬場は、畑の大きな土木工事や家の外回りにやることが多いが、寒くなると億劫になる。家の中に居がちになる。ここ数年はBlogで暇つぶしをしていたが…、あまり根を詰めすぎると、体も心も凝ってくる。ワンコがいた頃は、毎日2回散歩に出ていた。無くなったゴン太は、散歩命の犬だった。大人しく賢い犬だった。一緒に歩き回った。そんな経験から、散歩が心身両面に良いことを身体が覚えている。マー…、私には散歩が良いのでだ。
 たまに、眠れぬ夜がある。漠とした不安や、悔恨が襲ってくるのだ。この年になり、悔やまぬ過去がない人などいないのではないか。と思う。もう若くはない。というか、仕事と共に人生終わった感もある。その意味では、私は人生強制終了だった。10年前のことまだ話す気にはなれない。が、いつか話してみようか。
 そればかりではなく。もっと若い頃からの悔恨、未練が時折やってくる。ああやって置けば良かった。もっと対応の仕方があったはずだ。そんな思いだ。不思議なことに、18才までの長野での生活に余りそういった想念がない。高校生までの生活は自分にとって懐かしい思い出なのだ。高校を卒業して京都に来た。そこに大きな溝がある。その前後で思いが異なるのだ。何故かは判らない。何もやることが無いとき。要するに「閑なとき」、宜しくないのだ。だから、菜園仕事をしたり散歩なのかもしれない。いずれにしても、私は、適度な心身を動かした疲れと、適度な食事そして、アルコールで快眠という馳走を享受できるのだと思う。その馳走をえるための日々の行動なのだと思う。
 
 

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