近辺のネコ この2年 2025年 12月22日(月)平和堂ニャンニャンデーの日に

未分類

 10年前にこの地に来たときから、妙にネコさんがウロウロしていると感じていた。当時から暫く、ゴン太くんとミミさんというわんこと一緒に過ごしていた。3年ほど前にゴン太くんが亡くなり、2年ほど前にミミさんが伏見に帰った。私は一人になった。
 すると、近所をウロウロしているネコさんが気になってきた。当時、近所でボス猫は、牛ネコであった。名前は、模様がウシの「ホルスタイン」に似ているから「牛ネコ」と妻が名付けた。ウシのように体格が良く、ノッシノッシと縄張りの見回りをしていた。

 他に、私たち夫婦が「おかーさん」と呼んでいる小柄なネコさんがいる。2023年の晩秋に小ネコを4匹出産(第1世代)。2024年晩秋に3匹出産(第2世代)。この写真の時は、産後間近で、この時、既に左耳をカットされて、不妊手術済みになっていた。当時私はそんな知識も無く、妻から聞いて驚いた。おかーさんは7ひきの小ネコさんたちを立派に育て上げた。

 写真は、‎2024‎年‎7‎月‎18‎日おかーさん一家である。(第一世代)
ヒョッコリはん、ソックリはん、ウーちゃん、シロくん。と私たちが、名付けた。妻はたまにしか来ないが、猫好きなので、猫の餌を買ってきて私に託した。その内、私は平和堂の22日の特売「ニャンニャンデー」で八掛けで大量のドライフード、缶詰を買ってくるようになった。

 薄い三毛猫だから「ウーちゃん」

 ヒョッコリ現れるから「ヒョッコリはん。」

 ヒョッコリはんにそっくりだから「ソックリはん」

 唯一の男の子真っ白な「シロくん」
 おかーさんと第1世代小ネコさん、このネコさん達とは2023年の晩秋12月初め頃からの付き合いだ。おかーさんは冬に向かう厳しい季節の中で、4匹の小ネコを引き連れ生きていた。薪おき場や木工室と呼んでいる小屋で夜露を防いでいた。私も、その健気さに影響されて、彼らが居そうなところにフードを置き、段ボールで寝場所を作ったりしていた。それまで、私は猫にはそれほど興味がなかった。でも拙いながら、お世話のまねごとを始めると、この猫たちがより近しい存在になってきたのだ。
 そして、1匹いっぴきに名前を付けたりすると、もういけない。
他人ではなくなるのであった。
 暫くして、ウーちゃんが始めてチュールを手から食べてくれた。指に舌が当たるたびに新鮮な感覚があった。ヒョッコリはんもチュールを食べるようになった。このおかーさんと第1世代の小ネコ達は、私に様々なことを教えてくれた。そして「猫は、ただただ可愛い。」のであった。

おかーさんと第2世代子ネコさん
 屋根付きウッドデッキが少しずつ形を現してきた。デッキの上にはおかーさんと第1世代子ネコさん用にドライフードと水を置いていた。11月の末、おかーさんが子ネコを3匹連れてきた。「え!」と驚いた。おかーさんは、知らないうちに出産していたのだ。おかーさんは毎日子ネコを連れてくるようになった。ウッドデッキを気に入ってくれた。









 

 2024年11月から作ってきた屋根付きウッドデッキが半分近く完成していた。1月に入ると寒さも本格的になった。そこで、おかーさんと子供達のために外猫ハウスを作った。
 第一世代の子育てとは違っておかーさんは、良く来てくれた。
 この写真は、1月後半の寒波に備えて作ったダンボール+発泡スチロール外猫ハウス前で奇跡的に撮れた一枚だ。ハウスの中で寒さを耐える家族の様子をVTRや写真に残すこともできた。
 屋根付きデッキができたことは大きい。この外でも内でもない空間はネコさん達をたくさん集めた。第一第二世代を含めたおかーさん一家、ニューリーダー白牛君、一ヶ月で居なくなったアメリカンショートヘアー?さん、そして真打ちクリ子はん。

 2025‎年‎1‎月‎17‎日、‏‎7:59:20
この冬は、この1月末 2月中旬 下旬と3回の寒波があった。おかーさんは、3匹の小ネコとこのウッドデッキや薪小屋そして私が木工室と呼んでいる小屋で寒さをしのいでいた。
 屋根付きウッドデッキは、最初のもくろみ通り、ヤマガラさんやシジュウカラさんといった小鳥、地域の猫さんそして思っても居なかったアライグマまで登場させた。

 牛ネコ虹の橋を渡ったか?
 今から2年前、牛ネコは、この近辺に君臨していた。2023年頃から2024年までが全盛期、2024年末から急激に衰え、2025年3月には見なくなった。誰かは判らないが、この辺の猫を見守って下さっている方は、良く面倒を見てくれる方なので、引き取ってくれているかもしれない。

 ただ、牛ネコは誇り高きボス猫なので、どこかで息絶え虹の橋を渡ったかもしれない。
 私には、ノッシノッシと見回りしていた彼の姿が残っているだけだ。

 2025年新年
 餌場のドライフードを食べる姿が、頻繁に見られた。昔の威厳は見られなくなった。

 寒波の中、びしょ濡れになってカリカリを食べに来た。目力が無い。何かすがるような目が忘れられない。

 2月上旬の寒波。遠く庭の端に黒牛を見つける。
 これが、ラストの写真であり、この後、私は黒牛を見ていない。

 見回りを怠らず、仲間の猫を守り切った立派なボス猫だったと思う。

 2024年12月に雉ネコの小ネコが現れた。でも、少し違う、顔も身体もシュッとしているのだ。

 正月に、妻が来て、「これはアメショ(アメリカンショートヘアー)かな?」と言った。
 ネットで調べると確かにアメショだ。
 この猫は、2025年1月下旬の寒波の後見なくなった。誰かが保護していることを願うしかない。

 そして、クリ子はん。2024年11月下旬に現れた。私は、屋根付きウッドデッキを作っていた。屋根の上から下を見ると、クリ子はんが、デッキにあったカリカリを食べていた。デッキの上は、牛ネコとおかーさん一家の縄張りであった。クリ子はんは、庭の端から様子を見て食べに来ていた。写真は、庭の端にいたクリコはんの前にカリカリを持って行った時の様子だ。顔だけ大きく、痩せこけている。

 ‎2025‎年‎3‎月‎19‎日、‏‎9:27:27
この頃になると、クリちゃんはウッドデッキの主になった。3ヶ月ほどかけての進出だ。
 クリちゃんは、捨てられた猫だと思う。人との距離の近さからすると、可愛がってもらっていたのにいきなり捨てられたのではないか。コロナの巣ごもり需要で猫が大量に飼われたという。その後最近になって捨てられる猫が多いという。にしても、これだけ懐いた猫を捨てるというのはよほどの事情があったのだろう。
 

 牛ネコが居なくなって、新たなリーダーボス猫が誕生した。顔がそっくりなことから、白牛君と呼んだ。体型や顔から牛ネコの親戚筋だと思える。が…、牛ほど鎧袖一触の気迫は無い。それでも、ウッドデッキを巡ってクリ子はんと争い牛ネコ一家とおかーさんの家族に貢献している。勿論クリ子はんも反撃したが、かなわなかった。白牛は、牛ネコから広大な縄張りを受け継いだ。それら全体も見なければならない。なかなかウッドデッキだけを見ているだけでは収まらない。間隙を縫ってクリ子はんがウッドデッキに進出している。

 2024年11月から2025年3月にかけて100円ほどかけて屋根付きウッドデッキを作った。これは、菜園作りに次ぐ大きな土木工事だった。「外でもない内でもない空間を作る。」というコンセプトで独りでやりきった個人的に大プロジェクトであった。そしてこの場には、ネコさん、鳥さんそしてアライグマまで現れた。

 ウッドデッキは、私と動物たちを近づけてくれる重要な装置となった。

コメント